Salt of the Earth によせて


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このブログは、すでに天に召された富士宮のemiさんがスタートされ、桑名のkojiくんに引き継がれ、2014年からSalt本人が管理しています。

現在は「講壇からのメッセージ」ではなく、神戸の銀じ郎さんとともに「信仰放談」というかたちで月毎にテーマを決めてお話しています。

この信仰放談を含むChapter29という宗教性を排した集まりを企画しています。決まっているのは、とりあえず時間と場所だけ。強制される奉仕も献金も、形式的なプログラムもありません。奈良県宇陀市室生の山里でほぼ月に1回のペースで行っています。イエスを信じる方であれば誰でも参画できます。興味のある方は、右下の外部リンクからChapter29のブログをご覧ください。

ブログをご覧になったり、音声配信をダウンロードされたりした方は、ひとことコメントをいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
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# by kakosalt | 2014-01-23 01:23

About Links

Linksにある過去のSaltのmessage(mp3とwma)の2つのサイトからもお聴きいただけます。
以前、emiさんが作られたブログサイトです。

また、カテゴリーでお好みのシリーズをクリックするとそのシリーズだけを表示することが出来ますのでご利用ください。
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# by kakosalt | 2014-01-23 01:19 | Comments(0)

エペソ人への手紙 第6章

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:51 | エペソ人への手紙 | Comments(0)

エペソ人への手紙 第5章

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:44 | 約束の地 カナン | Comments(0)

エペソ人への手紙 第4章

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:41 | エペソ人への手紙 | Comments(2)

エペソ人への手紙 第3章

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:37 | エペソ人への手紙 | Comments(0)

エペソ人への手紙 第2章

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:34 | エペソ人への手紙 | Comments(0)

エペソ人への手紙 第1章

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:22 | エペソ人への手紙 | Comments(0)

約束の地カナン10 祭司のつとめ

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# by kakosalt | 2013-07-30 22:17 | 約束の地 カナン | Comments(0)

約束の地カナン9 のがれの町

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# by kakosalt | 2013-07-30 21:56 | 約束の地 カナン | Comments(0)

約束の地カナン8 約束の地の相続

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# by kakosalt | 2013-07-26 23:37 | 約束の地 カナン | Comments(0)

約束の地カナン7 日は動かず月はとどまる

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# by kakosalt | 2013-07-25 22:50 | 約束の地 カナン | Comments(2)

約束の地カナン6 アイの戦い

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# by kakosalt | 2013-07-20 12:26 | 約束の地 カナン | Comments(0)

約束の地カナン5 エリコの戦い

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# by kakosalt | 2013-07-05 22:53 | 約束の地 カナン | Comments(0)

約束の地カナン4 主の軍の将

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# by kakosalt | 2013-06-29 00:37 | 約束の地 カナン | Comments(1)

約束の地カナン3 ヨルダン川を渡る

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# by kakosalt | 2013-06-21 23:33 | 約束の地 カナン | Comments(0)

約束の地カナン2 遊女ラハブの信仰

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# by kakosalt | 2013-06-15 13:46 | 約束の地 カナン | Comments(2)

約束の地カナン1 ヨシュアの登場

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# by kakosalt | 2013-06-07 19:46 | 約束の地 カナン | Comments(2)

イエスのたとえ話 31 くすぶる燈心 イザヤ42:3

くすぶる燈心(イエスのたとえ話31)  
   イザヤ42:3

A 光・あかり・ともしび
  ○太陽・・・それ自体が発光体 
  ○月・・・・表面はデコボコ 温度差 反射光
  ○灯心・・・「あかり」はみことば 「油」は聖霊 「灯心」は人間性

B あかりのたとえ
  ○マタイ5:15~16 枡の下
     →燭台の上に(箴言11:1 20:10, 23)家にいる人々全部を照らす
  ○マルコ4:21~23 枡の下・寝台の下
     →燭台の上に(Ⅱテモテ3:16~17)隠れているものは現れる
  ○ルカ8:16:17  器で隠す・寝台の下→燭台の上に(ヨハネ5:38,43)          
            入ってくる人に光が見える
            隠れているものは露わになる

     ・明らかになるものはみことば(レビ24:1~4)
     ・燭台は1タラントの純金を打って作る(出エジプト25:31~40)
     ・試練を経て練り上げられたイエスの人格の栄光そして、キリストと教会の
      一体(民数記8:2~4)

C くすぶる燈心
  ○光を委ねられた人間性の弱さ 小ささ はかなさ 頼りなさ
  ○いたんだ葦と対の表現
  ○主はどんな方か・・・わたしの支える わたしのしもべの描写(イザヤ42:1)
           「主は、~折ることなく、消すことがない」
           cf 「人間は考える葦である」   

D 聞く耳のある者は聞きなさい
  ○たとえは聞き手を選別する(Ⅰペテロ4:17)
  ○みことばの有効性を決定するのは語り手ではなく聞き手
  ○あかりの話なのに「見る」のではなく「聞く」ことが強調されている
投稿者 emi 時刻: 17:49

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# by kakosalt | 2013-06-01 16:44 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話 30 良きサマリヤ人のたとえ ルカ10:25-37

メッセージのポイント
良きサマリヤ人のたとえ(イエスのたとえ話30)  
  ルカ10:25~37

A 律法の専門家の質問
  ○どうしたら永遠のいのちを得られるか
  ○わたしの隣人とは誰か

B イエスの答え
  ○行って同じようにしなさい
  ○誰が隣人になったのか

C ちがいはどこに
  ○私中心で私を満たすために「隣人」を手段とみなす
  ○ある人を目的としてある人を満たすために私が「隣人」となる

D 真実の隣人はイエスおひとり
  ○罪人は罪人の隣人にはなれない
  ○義人イエスだけが隣人になりうる
  ○本当は「私」こそ通りすがりではなく傷ついて死にかけた人

E 家族という隣人
  ○夫婦さえ隣人にはなれない(アダムとエバの場合)
  ○親子さえ隣人にはなれない(アブラハムとイサクの場合)
  ○神抜きの人間関係は成立しない

F 隣人愛から兄弟愛へ
  ○私はあなたを愛せませんという告白から始まる
  ○兄弟姉妹とは相互の中におられる主によって仕え合うことができる人たち
投稿者 emi 時刻: 16:49

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# by kakosalt | 2013-05-26 18:17 | イエスのたとえ話 | Comments(1)

イエスのたとえ話29 やもめと裁判官のたとえ ルカ18:1-8

メッセージのポイント
やもめと裁判官のたとえ (イエスのたとえ話29) ルカ18:1-8

A 「祈り」は人の価値観や考え方よりも深いところに組み込まれてい る
  ○神のいのちから離れた霊的仮死状態では「本来の祈り」は機能しえ   ない
  ○宗教は「祈りの名残り」を歪んだかたちで経験させる

B 「祈り」は新しいいのちの呼吸
  ○イエスはまことのぶどうの木であり私たちはその枝(ヨハネ15:5)
  ○絶えず祈ることとは・・・・祈りの質を変えていくこと
  「喜ぶこと」「感謝すること」とともに(Ⅰテサロニケ5:16~18) 

C 祈りは神とのつながりや関係性の証
  ○私たちはどう祈ればよいのかわからない(ローマ8:26~28)
  ○関係が深ければ奥の間へ向かっていく(マタイ6:6)
  ○同じことばを繰り返すのは関係が悪い証(マタイ6:7)
  ○すべてのことが「神より発し」「神によって成り」「神に至る」
   (ローマ10:17)
  ○信仰は聞くことに始まる(ローマ11:36)

D アブラハムのとりなしの真実
  ○まず主がアブラハムに御自身の計画を示された(創世記18:17)
  ○アブラハムは主の前に立っていた(同22)
  ○アブラハムは主に近づいて申し上げた(同23)
  ○アブラハムは「親族助けて欲しい」とは祈らなかった(同25) 
  ○アブラハムは自分がちり灰にすぎないことを知っていた(同27)

E なぜ不正な裁判官とやもめなのか
  ○神を恐れず人を人とも思わない裁判官
      ・・・・「人格は最低」しかし「法律を遵守する義務がある」
     →失望しなくてよい十分な理由が神様の人格にある
  ○やもめ・・・・社会的地位が低く相手にする必要感が乏しい
     →祈る側の資質や熱心さは祈りが聞かれることと無関係

F イエスの祈りの本質
  ○目に見える現実と関係のない感謝(ヨハネ6:11)
  ○祈りは祈る側ではなく祈りに答える側にかかっているという告白
   (ヨハネ11:42)
投稿者 emi 時刻: 18:11

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# by kakosalt | 2013-05-18 12:01 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話28 ミナのたとえ
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# by kakosalt | 2013-05-18 11:36 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話27 邪悪な時代 マタイ22:1-14

11月2日     邪悪な時代(イエスのたとえ話27)

             マタイ22:1~14

A 邪悪な時代はその邪悪さを自覚しない
  ○イエスに酷評されたユダヤ教指導者は尊敬の的(マタイ23:2, 7)
  ○知識の深さ、厳格なライフスタイル(ガラテヤ2:11~14)

B イエスの律法学者・パリサイ人批判のポイント
  ○彼らが何を主張したかではない(マタイ23;3)
  ○偽りの父から始まる偽りの系譜(ヨハネ8:31~44)
  ○指導者が最も大きな救いの妨げとなる(マタイ21:42, 23:15)

C 神のことばを聞いてそれを守る人たちの幸い
  ○幸いなのは神のことばを聞いてそれを守る人たち(ルカ11:28)
  ○個人が特定の団体への所属をもって承認することなどない
     →家族や肉親でさえひとくくりとは見なさない(マタイ12:46~50)

D 邪悪な時代が求める「しるし」と「不思議」
  ○イエスは「型」や「影」ではなく「本質」であり「実体」
  ○イエスを見たものは父を見た(ヨハネ14:7,9)
  ○日々みことばを味わうことがイエスと出会うこと(ヨハネ6:63)
  ○ヨナやソロモンに劣ると見えた人間イエス(マタイ12:41~42)

E 変貌の山で3人の弟子が見たもの 
  ○神の栄光を完全に現すのは誰か(ヘブル1:3)
  ○神と人との仲介者は誰か(Ⅰテモテ2:4)
  ○神が満足するのは誰か(マタイ17:5)

F 邪悪な時代に必要なことは
  ○みことばを聞いて逆らうといっそう悪くなる(マタイ12:43~45)
  ○人に惑わされないこと(マタイ24:4)
      →大事なのは新しい創造(ガラテヤ6:15)
  ○悔い改めが求められている(マルコ1:1~2,15)
      →悔い改めが福音の根を支える(使徒17:26~31)
  ○バプテスマのヨハネに「しるし」も「不思議」もない
投稿者 emi 時刻: 16:33
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# by kakosalt | 2013-05-11 10:23 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話26 披露宴のたとえ マタイ22:1-14

披露宴のたとえ (イエスのたとえ話 26)

 マタイ22:1~14

A 神を拒む3つのたとえ
  ○ ふたりの息子のたとえ(マタイ21:28~32) 
  ○ 悪い農夫のたとえ(マタイ21:33~44)
  ○ 披露宴のたとえ(マタイ22:1~14)
     「ユダヤ人の指導者たちが、待ち望んでいたはずのキリストであるイエスを拒
     むことによって、罪人や異邦人たちに救いが広がっていく」
         →唯一の神からの栄誉よりも互いの栄誉を重んじた(ヨハネ5:44)
         →新しい着物を着ようとは思わなかった。
            古い権威への執着(マタイ21:23,45~46)

B 披露宴の象徴するもの
  ○ 王・・・・父なる神     
  ○ 王子・・・・御子イエス
  ○ 披露宴・・・・教会の交わり 
  ○ 招待しておいた客・・・・ユダヤ人
  ○ 大通りで集められた人・・・・異邦人 

C 「礼服」こそが参加資格
  ○ 当時のユダヤでは、王は招待客に晴れ着を送る習慣があった
  ○ 礼服を着ているかいないか・・・参加資格は「人」ではなく「服」
    「礼服を着ている悪い人は楽しく飲み食いしているのに、礼服を着ていない良い
    人は手足を縛られて放り出されているということも当然起こり得る」
  ○ 礼服はイエス・キリストの義による贖い
  ○ 礼服を着ていくことは信仰の告白 
    「私は罪人であり、イエスおひとりが義であり、そのイエスの義が私の罪を覆っ
    ている。だから神はキリストの義のゆえに罪人の私を、そのままで受け入れる
    ことができる」(ガラテヤ3:26~27)
  ○ 礼服を軽んじることは威光を傷つけ名を汚すこと・・・・救いの拒絶
  ○ イエス・キリストを日常的に着ていること(ローマ13:14)

D 天の御国とは
  ○ 父なる神のご人格そのもの(マタイ22:2)→イエスを味わうこと
  ○ 人となられたイエスがおられない世界は本質的に空っぽ
投稿者 emi 時刻: 11:33

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# by kakosalt | 2013-05-04 23:21 | イエスのたとえ話 | Comments(2)

イエスのたとえ話25 宴に招かれたなら ルカ14:7-24

宴に招かれたなら (イエスのたとえ話 25 )

 ルカ14:15~25

A 救いとは
  ○ この世においては・・・・古きものの変化にすぎない
     ・ 大きな悩みが解決した
     ・ 気分が楽になった
     ・ 何かに励まされた→状況の改善→考え方や生き方の転換 
  ○ 聖書においては・・・・全く新しい創造
     ・イエス・キリストの血による贖い
     ・永遠のいのちの地上での始まり
     ・生まれ変わり

B 救いを証するもの
  ○ 正しい告白(ローマ10:8~10)
  ○ 内なる喜び(ヨハネ16:22~24)  
  ○ イエスへの愛(Ⅰペテロ1:8)

C 宴会のたとえの背景
  ○ 上席を選んで座ろうとする人たちの心にあるもの
  ○ 神の国で食事をする人の幸いとは?

D 宴会の心得
  ○ 招かれたら末席に座れ
  ○ 招くときにはお返しの出来ない人を招け

E  断る理由    
  ○畑を買った(Ⅰコリント3:9)    
  ○牛を買った(詩編147:10~11)    
  ○妻を迎えた(エペソ5:32)    
         ↓ ↓
  「神なしでやっていける」という傲慢
  「神と一緒だと窮屈」という誤解  
投稿者 emi 時刻: 11:17

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# by kakosalt | 2013-04-28 07:43 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話 24 新しい着物・新しいぶどう酒・新しい皮袋

新しい着物・新しいぶどう酒・新しい皮袋 (イエスのたとえ話 24 )

 ルカ5:36~39 ヨハネ2章 創世記3章

A 取税人レビの回心と大ぶるまい
  ○ パリサイ人たちの論点・あなたの弟子は全然頑張っていないじゃないか・あなたの弟子は楽(らく)をして楽しそうじゃないか
  ○ レビの思い
     ・ イエスと出会って自分が変えられたことが嬉しい
     ・ イエスが自分の催した宴の中心におられることが嬉しい
     ・ 何とかしてイエスを皆に紹介したい
  ○ イエスの答え
   ・ 花婿である私とともにいることを彼らは喜んでいるのだだから、これでいいのだ

B 古い着物と新しい着物
  ○ 当時の人の暮らし(出エジプト22:26~27)
  ○ 古い着物(アダム由来のもの)新しい着物(キリスト由来のもの)
  ○ 古い着物をベースに新しい着物を切り裂いて継ぐことなどあり得ない
    →生まれながらの私たちを脱ぎ捨てて、ギリストの義の衣を着ること

C ぶどう酒と皮袋
  ○ 新しい皮袋は弾力性があるが、古くなると硬くなる
  ○ 新しいぶどう酒は発酵途中で生命力にあふれているが、おいしくない
  ○ 古いぶどう酒は価値がある
  ○ 古い皮袋に新しいぶどう酒を入れるとガスが発生して破れてしまう

D 古い物と新しい物・ふたつのたとえの整合性
  ○「新しいぶどう酒は福音のことで、新しい皮袋はクリスチャン生活のこと。みなさんも救いを受けたのだから、それにふさわしい教会生活を送りましょう」ってホント?
  ○ 新しいぶどう酒は神さまがくださるもの、新しい皮袋は私たちが準備するもの?
  ○ いちじくの葉(創世記3:6)・・・・「古い着物」「古い皮袋」
    皮の衣(同3:20)・・・・      「新しい皮袋」「新しいぶどう酒」
  ○まことの飲み物はどこから来るのかを知り味わうこと(ヨハネ2章) 
投稿者 emi 時刻: 10:56

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# by kakosalt | 2013-04-24 00:17 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話23 憐れみのないしもべのたとえ マタイ18:21-35

憐れみのないしもべのたとえ (イエスのたとえ話 23 )
  マタイ18:21~35

A 赦せない感情の背景
  ○当然守るべき契約や約束が守られていない
  ○間違っている人が正しい人を「妬む」「恨む」「憎む」
  ○自分のことを棚上げして他人の違反が気になる
  ○自分で自分が赦せず心を病んだり自殺したりする
  ○正義と愛「かわいそう」と「十字架」(ヨハネ8:1:~11)

B 兄弟を何度まで赦すべきか
  ○ペテロを取り巻く弟子たちの人間関係
               (マタイ18:1)(マタイ20:24)
  ○「7度まででしょうか」と問う寛容さと限界(ルカ11:3~4)
  ○「赦すべきか」という発想では決して赦せない

C 罪という借金の返済方法
  ○1万タラントは返済不可能な額(約6000億円)
  ○100デナリは返済可能な額(約100万円)
  ○無効になった債務証書(コロサイ2:14)
  ○十字架による完済(ヨハネ19:30)

D 心から赦す
  ○赦すことは感情の問題ではない
  ○赦すことは計算の問題

E 正しい計算
  ○「人に対する罪」と「主の前の罪」
  ○みことばによって勝利と完済を宣言すること
  ○私が友から受け取るべき100デナリは免除された1万タラントに含まれている
  ○誰かに借りのある私も誰かに貸しのある私も既に死んでいる
投稿者 emi 時刻: 20:14

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# by kakosalt | 2013-04-17 23:09 | イエスのたとえ話 | Comments(2)

イエスのたとえ話 22 まことのぶどうの木 ヨハネ15:1-8

まことのぶどうの木 (イエスのたとえ話 22 )
   ヨハネ15:1~8

A ぶどうの木はイエスの影・教会のモデル
  ○ぶどうの木は低く横に広がる
  ○ぶどうの実はひとつの実ではなく房状
  ○ぶどう酒は契約の血

B とどまるべきところ
  ○実を結ぶものは刈り込まれる(ヨハネ15:2)
  ○「わたしはすでにきよい」というみことばに立つ(ヨハネ15:3)
  ○イエスを離れての居場所などない(ヨハネ15:4~6)

C すでにきよい
  ○残すところなく示された愛(ヨハネ13:1)
  ○「上着を脱ぐ」(ヨハネ13:2)
      →特権を主張しない(ピリピ2:6)
      →いのちを捨てる(ヨハネ10:11)
  ○ペテロはすでにきよめられている自分を再発見した
      →しっかり反省できた自分に納得できたのではない  
  ○聖霊による更新の洗い(テトス3:5)

D 欲しいものを求めよ
  ○私たちが主にとどまる
      →みことばが私たちにとどまる
      →何でも私たちの欲しいものを願う
      →私たちの為にそれはかなえられる(ヨハネ15:7)
  ○鍵はみことばがとどまって「いる」か「いない」か
  ○50パーセントや70パーセントの「確信」「安息」の欺瞞

E 弟子は実を結ぶ
  ○実を結ぶことと弟子になることはひとつ(ヨハネ15:8)
  ○「イエスとともにいたのだ」というリアリティーを伝えること(使徒4:13)
  ○枝を含んだ全体がぶどうの木
  ○「まこと」は誰に属する?・・・弟子とはイエスの「忠実」また「真実」(黙示19:11)
    を知る者
投稿者 emi 時刻: 19:53

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# by kakosalt | 2013-04-13 10:56 | イエスのたとえ話 | Comments(0)

イエスのたとえ話21 ボアネルゲ マタイ25:24-25 マルコ3:13-19

ボアネルゲ(イエスのたとえ話21)
   マタイ25:24~25  マルコ3:13~19

A 賜物の質的な違いと量的な違い
  ○お金には質はないが、賜物には質がある
  ○互いの賜物を良く知り、大きく伸ばし、豊かに用いる
  ○質の違いがあるからこそ、互いに仕え合うことができる
  ○買うことによって、その選択に信仰が反映される

B マイナスのタラント
  ○マイナスだと感じる賜物もある
    ・・・・障害・病気や好ましくない性格も預けられたタラントの一部
  ○自分に与えられた賜物が気に入らない
  ○他の人の賜物がよく見える

C マイナスを受け入れる
  ○ボアネルゲは雷の子
    ・・・・シモンをケパと呼ばれたのとは違う(ヨハネ1:42)
  ○愛の使徒はキリスト教の言い伝え  
  ○タラントは「能力+個性」 個性にはプラスもマイナスもある  
  ○個人的に愛されているという自覚と喜びがいのちを育てる
  ○私たちがまだ罪人であったとき(ローマ5:6~11)
  ○私たちが神を愛したのではない(Ⅰヨハネ4:10,19)

D 十二弟子の選抜
  ○無学な普通の人(使徒4:13)
  ○徹夜の祈り(ルカ6:12~13)
  ○お望みになる者(マルコ3:13~14)
  ○裏切りと回復  
  ○分与されたキリストのいのちが彼らの個性の中に表現される

E タラントを埋める人
  ○「私はダメです」は謙遜ではなく不信仰
  ○「これがあなたのもの」と言うのは「自分のものが別にある」証拠
  ○「愛せない自分」「受け入れられない自分」と信仰によって向き合う
  ○「奇妙な着ぐるみ」←→「主に愛された弟子」(ヨハネ21:7,20)
投稿者 emi 時刻: 19:58

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# by kakosalt | 2013-04-04 23:25 | イエスのたとえ話 | Comments(3)

イエスのたとえ話20 主人の喜び マタイ25:14-30

主人の喜び (イエスのたとえ話⑳)
マタイ25:14~46

A アイドルとタレント
  ○アイドルは偶像
  ○タレントは才能・力量
  ○人工と天然・・・・天然なら栄光はどこに
  ○虚栄の中で拡大していくイメージと実像の落差
       →アイドルは普通の女の子に戻りたい  

B タラント(マタイ25:14~30)
  ○タラントは預かり物・・・・タレントの語源
  ○たとえは感情移入を拒絶する・・・宗教は自分の「現状」や「願望」を中心にした
   「生き甲斐」や「救済」を設定するが、みことばはそれを完全に打ち砕く
  ○「小刻み」で「多様」なタラント・・・あたかもそれが自分自身のものであるかのよう
   な錯覚に陥るほどに
  ○主人の評価基準
  ○タラントは少なくとも2倍に増やせる
  ○「野心」と「不安」そして「格付け」と「安心」
  ○「わずかなもの」と「たくさんのもの」

C 主人の喜び
  ○「役立たず」なのは能力が低いからではない・・・主人の心を理解しないから
  ○歪んだ神のイメージが、自分の心を歪ませる
  ○タラントは   
     ・・・・共に分かち合うため   
     ・・・・弱い人を支えるため
     ・・・・足りないところを補うため
  ○主人の喜び

D 山羊と羊(マタイ25:31~46)
  ○思いがけない評価・・・忘れてしまうほど些細な日常のこと
  ○私たちは何かをもらうのではなく、いのちにはいる
投稿者 emi 時刻: 8:01

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# by kakosalt | 2013-04-03 21:57 | イエスのたとえ話 | Comments(2)

Saltによる聖書のメッセージ